Vol.042025年6月14日
Essay

朝の駅、誰もいないホーム

日曜の早朝、誰もいないホームに立つことがある。その 5 分が、1 週間を整える時間になっている。

SoraEndo · 2025年6月14日 · 1 min
SoSoraEndo2025年6月14日1 min334

日曜の朝 6 時、誰もいない駅のホームに立つことがある。

平日は人で埋まる場所が、ぽっかり空いている。空白そのものが、ある種の風景になる。


電光掲示板に「次の電車 4 分後」と表示される。その 4 分のあいだ、何もすることがない。本も読まない。スマホも見ない。ただ、線路の方向を眺めている。

何も考えていないわけじゃない。でも、何かを考えているわけでもない。考えるための入り口が開いていて、そこから何が入ってくるかを待っている、そんな感じ。


電車が遠くから走ってくる音がする。線路が小さく振動する。やがて視界の右端に、車両が現れる。

その瞬間に、自分が朝の側にいることを思い出す。これから 1 日が始まる。何かを書くか、何かを読むか、何もしないか。どれを選んでもいいけれど、どれを選ぶかは、自分が決めなければいけない。


ホームに 4 分立つだけで、その「自分が決める」感覚が戻ってくる。

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