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朝の空が、一段高くなっていた
空が急に高くなったと感じたのは、雲が入れ替わったからだ。九月初旬のある朝、ゴミを出しにサンダルで表に出て、なんとなく上を向いたら、空の様子が先週までとまるで違っていた。
青がやけに深い。そして、その青の上に、小さな白い塊がびっしりと並んでいた。ひとつひとつは指先ほどで、魚の鱗のように規則正しく敷き詰められている。うろこ雲だ。夏のあいだ、あの位置には巨大な入道雲が居座っていたはずなのに、いつの間にか主役が替わっていた。まだ半袖で、昼はしっかり暑い。それでも空だけは、体より先に秋へ移っていた。
しばらくその場に立って見上げていた。ゴミ袋を提げたまま数分。近所の人に見られたら、空に何かあるのかと訝しがられただろう。けれど、この鱗模様は今日を逃すと明日には無いかもしれない。雲は待ってくれない。
入道雲は縦に、うろこ雲は横に広がる
夏と秋の空の違いは、雲が「縦に伸びるか、横に広がるか」に出る。同じ白い雲でも、育つ方向が真逆なのだ。
夏の入道雲は、午後になると空へ向かってむくむくと立ち上がっていく。以前、その様子を空に建つ一日限りの建築だと書いた。低いところから一万メートル近くまで、縦に塔を建てるのが夏の雲だ。対してうろこ雲は、高い場所で薄く横に広がる。気象庁の雲のFAQによれば、うろこ雲の正体は巻積雲(けんせきうん)で、五千メートルより上の高い空にできる。だから小さな粒に見える。実物が小さいのではなく、遠いのだ。
いわし雲、さば雲とも呼ぶらしい。魚の名前ばかりつくのが面白い。海の民が空に海を見ていたのか、それとも秋の食卓の連想か。名前の由来までは知らないが、鱗と呼びたくなる気持ちはよく分かる。今朝のそれは、まさに大きな魚を一匹、空いっぱいに横たえたような模様だった。
「空が高い」のは錯覚ではなく、空気の入れ替わり
秋の空が高く感じるのは、気のせいではない。雲の高さと空気の乾き方が、実際に夏とは変わっている。
夏は湿った空気が低い雲を作り、水蒸気で遠くが白くかすむ。空との距離が詰まって、低く重たく見える。秋になると移動性高気圧が張り出し、乾いた空気が入ってくる。低い雲は減り、代わりに巻積雲のような高い雲が主役になる。視線がより遠い雲まで一気に抜けるから、天井が持ち上がったように感じる。つまり「空が高い」という感覚には、ちゃんと理由がある。
この理屈を知ったのは大人になってからで、子どものころは単純に「秋の空は広いなあ」と思っていた。理由を知った今のほうが、見上げたときに得している気がする。仕組みが分かっても、鱗模様がきれいなことに変わりはない。むしろ、あの高さの空気が乾いているのだと思うと、深呼吸したくなる。
同じ空でも、季節ごとに見上げ方が変わる
季節の変わり目は、たいてい体より先に、目や耳が気づく。空を見上げる私の姿勢も、夏と秋では少し違っている。
夏は日差しがきついから、雲を見るにも目を細め、日陰を探しながら見上げていた。秋のうろこ雲は光がやわらかく、まっすぐ見上げても眩しくない。首を伸ばして、ゆっくり全体を眺められる。この「まっすぐ見上げられる」感じが、私にとっては秋の入り口の合図だ。少し前に、夏の終わりは耳から来ると書いた。蝉が鈴虫に替わる話だった。耳が先に秋を知らせたあと、今度は目が空で追いかけてくる。感覚が順番に季節を受け渡していく。
暦の上ではとっくに秋で、それでも昼の体はまだ真夏を引きずっている(この落差については暦は秋、体は真夏にも書いた)。カレンダーと体温がずれているあいだ、空だけが淡々と季節を進める。うろこ雲は、そのいちばん正直な便りなのだと思う。
まとめ — 夏は、もう戻ってこない
うろこ雲が出たら、夏はもう戻らない。入道雲が縦に建つ季節は終わり、高い空に鱗を敷く季節が始まったということだ。
昼はまだ暑い。半袖もサンダルも当分しまえない。それでも朝の空を見上げれば、青は深く、雲は高く、空気は乾きはじめている。体が真夏に留まっているうちに、空は先へ行ってしまった。惜しいとは思わない。あの鱗模様は夏には見られないものだから、これはこれで今しか見られない空だ。ゴミ袋を提げて数分立ち止まった甲斐は、じゅうぶんあった。
よくある質問
- うろこ雲とはどんな雲ですか?
- 魚の鱗のように小さな白い雲が規則正しく並ぶ雲で、正式には巻積雲(けんせきうん)と呼びます。いわし雲・さば雲とも言い、五千メートルより高い空にできるため、ひと粒ひと粒が小さく見えます。
- なぜ秋の空は高く見えるのですか?
- 秋は移動性高気圧に覆われて乾いた空気が入り、夏の低く湿った雲が減って巻積雲のような高い雲が主役になります。視線が遠くの雲まで抜けるため、天井が持ち上がったように空が高く感じられます。
- うろこ雲が出ると天気は変わりますか?
- うろこ雲は上空の湿り気を映すため、続いて雲が厚くなると天気が下り坂に向かうことがあります。ただし早秋のよく晴れた朝に一時的に見えることも多く、必ず崩れる合図というわけではありません。